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神戸地方裁判所 昭和61年(モ)957号 判決

債権者

小山典夫

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

債務者

神戸高速鉄道株式会社

右代表者代表取締役

宮崎辰雄

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

中原和之

主文

一  当庁昭和六一年(ヨ)第二五六号事件につき、当裁判所が同年七月一〇日なした仮処分決定を認可する。

二  訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

一  申請の趣旨

1  債権者

主文と同旨

2  債務者

(一)  右仮処分決定を取り消す。

(二)  債権者の仮処分申請を却下する。

(三)  訴訟費用は、債権者の負担とする。

二  申請の理由

1  債権者は、昭和五〇年三月一日、債務者に駅務員として採用され、新開地管区の駅務に従事してきた。

債務者は、地方鉄道法に基づき設立された資本金二〇億円の会社で、一般運輸業務を主な業務とし、従業員は約二六〇名である。営業区間は阪神元町駅と阪急三宮駅各以西、山陽西代駅以東の間及び神鉄新開地駅、湊川駅間の七・六キロメートル、駅の数は新開地管区に三、神戸管区に三の計六であって、車両は保有していない。

債務者には、子会社として、昭和四三年七月に設立されて売店の経営や貸しビル業を営む神戸高速興業株式会社(以下「高速興業」という。)と同五三年八月に設立されて売店や娯楽施設を経営する株式会社神戸高速サービス(以下「高速サービス」という。)がある。

2  債務者は、昭和六一年二月一日付けで、債権者に対し、高速サービスに出向するよう命令し(以下「本件出向命令」という。)その旨の辞令を交付した。

3  しかしながら、本件出向命令は、次の理由により無効である。

(一)  債権者が出向に同意していない。債権者は、右辞令を受け取ったが、その際、異議を止めた。その後、高速サービス経営のオートテニス場の管理業務に従事したが、これは、出向を拒否すれば懲戒解雇されると考えたからである。なお、駅務員のなすべき業務とオートテニス場のそれとは、質を異にする。すなわち、駅務員の仕事は、改札の監視、駅務機器の操作、運賃の清算、回数券や定期券の発売、ホームにおける旅客の流動状況の監視、案内等であって、一定の学習、経験を必要とするのに対し、オートテニス場の業務は、清掃、監視が中心であり、アルバイトでも十分こなすことができるものである。

(二)  本件出向命令は労働組合との協議を経ていない。すなわち、債務者とその従業員で構成する神戸高速鉄道労働組合(以下「組合」という。)との間で締結されている労働協約第一八条第一項(4)には「会社は社員を出向させるときは、その取扱いについて組合と協議して決める」と定められているのに、本件では、出向による不利益や本人の意向等についての具体的協議がなされていない。

(三)  本件出向命令は、債権者に著しい不利益を与えるのに対し、会社業務上の必要性がなく、人事権の濫用である。

(1) 債権者は、中学時代から鉄道に憧れ、自分に最も適した職場として、債務者の駅務員を選択した。本件出向命令は、債権者のそうした鉄道で働くという希望を奪うものであって、債権者の被る精神的苦痛は計り知れない。

(2) 債権者の賃金についてみるに、勤務形態の違いから、出向後は平日時間外手当、深夜手当、中休手当等の時間外賃金がつかなくなり、その結果、一か月当り約三万六〇〇〇円手取額が減少した。その他の労働条件についても、出向後は、正午から午後一時の間に休憩をとることができず、午後二時頃になってやっと昼食をとれる状態であり、土曜日の勤務時間が、債務者本社勤務の者は午前九時から正午までであるのに、債権者は午前九時から午後二時までと指示され、不利益を受けている。また、出向当初、駅務員の当時は支給されていた制服が支給されないということがあった。

(3) 本件出向命令には業務上の必要がない。債務者の駅務員には、正規の従業員のほかに、昭和六一年二月当時は、阪急や阪神の退職者を雇用した嘱託駅務員が二三名おり、その人達の退職年齢は六三歳であるから、次々と退職者が出ている状態であり、正規の従業員を減少させねばならない理由はない。また、駅務員の数は、その定員を下回っており、常に欠員を生じている。更に、高速サービスのオートテニス場の年商は、昭和六〇年度が約一〇〇五万円、同六一年度が約八〇〇万円であり、これまではアルバイトを中心として経営されてきたが、債権者が出向することにより、オートテニス場としては赤字経営となることが明らかである。

(四)  本件出向命令は、債権者の組合活動を嫌悪したが故の不利益取扱いであって、不当労働行為である。すなわち、債権者は、入社と同時に組合に加入し、昭和五一年六月から同五三年六月までは青年婦人部役員、同月から同五七年六月までは中央委員を務め、債務者の合理化攻撃に反対する立場から、職業病問題、職格賃金配分反対、信号士固定化反対、独身寮廃止反対、自動改札機導入問題等の組合活動に積極的に取り組んできた。債務者は、債権者のこのような態度を極度に嫌悪し、組合活動をさせないために、他の組合員から隔離されたオートテニス場に債権者を出向させたのである。

4  債権者は、本件出向命令を拒否すれば懲戒解雇に処せられる可能性があるので、一応これに応じているが、組合活動が制限され、中央委員への立候補についても不利益を受けるのは必至である。また、こうした状態が固定すれば、債権者の原職復帰は一層困難になると考えられる。

そこで、債権者は、「本件出向命令の効力を停止する」旨の仮処分を申請したところ、神戸地方裁判所は、昭和六一年七月一〇日、これを認容してその旨の仮処分命令を発したので、その認可を求める。

三  申請の理由に対する認否及び債務者の主張

1  申請の理由1、2の各事実は、認める。但し、駅務員として採用したというのは、採用した時点の職種が駅務員であったというだけで、従業員のなすべき業務がそれに限定されるわけではない。

2  本件出向命令に対する債権者の同意について

(一)  債務者から高速サービスへの出向については、債務者は、一々個々に従業員の同意を得なくとも、出向命令を発することができる。すなわち、高速サービスは、その全株式を債務者が持ち、その役員には債務者の社長以下の社員が就任しているのであるから、経済的に債務者と単一体である。したがって、本件出向は、指揮命令権の帰属者を変更するものでなく、その実質は同一企業内の配転、転勤である。そして、駅務員の業務もオートテニス場のそれも同じ接客業であり、著しく異なるものではない。勤務場所も、新開地駅から徒歩二分の所であり、出向前と何ら変わらない。身分関係についても、本社の人事課付けにし、かつ、申請の理由3(二)の労働協約第一八条第一項(4)に関し債務者と組合の間で締結された後記協定ないし覚書により、本社に勤務する場合より不利な取扱いはされないことになっている。

(二)  のみならず、債権者は、本件出向を内示された昭和六一年一月二七日から辞令を交付された同年二月一日までの間に、宇高新開地駅長、辛島運輸部長、谷中総務部次長等から出向の趣旨等について説明を受け、了解したのであって、本件出向命令に同意を与えたものと考えられる。

3  組合との協議について

(一)  債務者から高速サービスへの出向については、組合とその都度協議する必要がない。すなわち、債務者と組合は、昭和五〇年六月二〇日、労働協約第一八条第一項(4)に関し別紙一記載のとおりの覚書を締結するとともに、債務者の子会社である高速興業へ出向する組合員の取扱いについて別紙二記載のとおりの協定書を取り交わし、同五三年一二月二五日、高速サービスへ出向する組合員の取扱いについて右協定書を準用する旨の覚書を交換した。この覚書が右協約にいう「協議」に該当し、個々の出向に際しての協議を不要とする趣旨である。

(二)  債務者は、昭和六〇年一二月上旬、組合に対して、債権者を高速サービスに出向させる旨通知し、数日後、組合の荻野執行委員長から、承諾する旨の回答があったので、組合との協議が必要であるとしてもそれは終っている。

4  人事権の濫用であるとの主張について

(一)  債務者は、神戸市営地下鉄や北神急行等の競合運輸機関の出現で乗客が減少することが予想され、鉄道業のみでは従業員の雇用の確保と生活の保障が困難になる時代を迎えつつあるため、事業の拡大を図ることを目的として、全額出資して高速サービスを設立した。設立後いまだ日が浅いため、債務者の企画調査室でその運営を行っているが、事業の拡大に応じて人件費を負担する能力も備わってきたし、更に事業を拡大するためにも人が必要となってきた。そして、高速サービスのオートテニス場は、債務者からの出向者とアルバイトで運営されてきたが、アルバイトでは人員の確保が不安定であるため、固定した従業員を必要とした。他方、債務者の運輸部門は、職種が少なく(車両を持っていないため、運転手、車掌の職種がない。)、配転の道が閉ざされているので、勤労意欲をあげるためにも、他の部門に配転する必要があり、その意味から、今回の出向者を運輸部門に求めた。

(二)  出向者として債権者を選択したのは、次の理由による。

(1) 債権者は入社以前に他の会社に勤めていたことがあり、その経験を生かさせることができる。

(2) その勤務振りが良好でなかったことから、債権者は駅務員として適性を欠いていると判断された。すなわち、債権者は、乗客が多い時や同僚の休暇等で代務の必要な時に時間外勤務を拒否するなど他の駅務員との協調を欠いた(駅務員の時間外勤務が平均一か月六〇時間であるのに対し、債権者のそれは一四時間であった。)。また、債権者は、昭和五二年八月一四日午後三時頃大開駅南階段において、乗客に暴行を加えて傷害を与え、罰金二万円に処せられたことがあり、他にも勤務中の暴力行為が再三あった。

(三)  本件出向は、債権者に不利益を及ぼすものではない。その身分、指揮命令系統、仕事の内容、勤務場所にほとんど変更がないことについては、先に述べた。賃金については、基本給、家族給、食事補助手当は変わらず、出向後は一か月当り六〇〇〇円の職務手当が付加される。債権者の出向後の手取額が出向前より少ないのは、駅務員としての時間外手当がついてないからであって、出向前と同じ程度の時間外勤務をすれば、右職務手当分だけ給与が上がることになる。なお、駅務員の勤務時間は不規則であるが、オートテニス場のそれは一定しており、はるかに楽である。

5  不当労働行為の主張について

債権者の組合での活動内容は、知らない。債務者が債権者の組合活動を嫌悪したために本件出向命令を出した旨の主張は、否認する。債権者がその主張の活動に関与していたとしても、債務者の関知しないことであった。

6  保全の必要についての主張は、争う。なお、現在では、債権者は出向状態にはない。債務者が高速サービスからそのオートテニス場の清掃業務を受託し、債務者の仕事として、債権者にオートテニス場の清掃を命じているに過ぎない。

四  疎明

記録中の調書の記載を引用する。

理由

一  申請の理由1、2の各事実(当事者等の関係及び債務者が債権者に本件出向を命じたこと)は、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に(証拠略)、債権者本人の供述を総合すると、債権者は、家庭の事情から、働きながら夜間の高等学校に通い、卒業と同時に、債務者の募集に応じて入社したものであるが、右募集は、債務者の本社事務職、電気技術関係、運輸関係(駅務員)に分けてされ、それぞれ一名、三名、六名が採用されたこと、債務者は、予め人事担当者を学校に派遣し、それぞれの仕事の内容を説明させ、駅務員の仕事が駅での切符の集改札、定期券の点検、ホームでの監視等であること、勤務の形態として泊り勤務があること等を応募者に知らせたこと、債権者は、一か月間の試用期間を経た後、「新開地管区駅務員を命ずる」旨の辞令を受け、以来一貫して、右のような駅務員の業務に従事してきたこと、本件出向命令は、債権者を債務者本社の人事課付けとし、高速サービスのオートテニス場勤務を命じたものであるところ、オートテニス場で債権者のするべき仕事とされたのは、清掃、オートテニス機と入場者の監視、両替、ラケットと靴の貸出し、日報の作成、故障時の連絡等であることが一応認められる。

右認定の事実によると、債権者と債務者間の労働契約は、債権者が債務者の駅務員の業務に従事することを内容とするものであったと考えられるところ、本件出向命令は、それとは業務の内容を異にするオートテニス場の管理を命じたものであって、労働契約所定の範囲外のことを命じたことになるから、労働者である債権者の同意がない以上、拘束力をもたないというべきである。駅務員の業務とオートテニス場の管理業務がともに接客業であり、似た面があることは、この判断を覆すものではない。

(証拠略)によると、高速サービスは、債務者の所有する遊休地、施設等を利用して事業を営むことを目的として、昭和五三年に設立され、債務者所有ビル等の管理、オートテニス場(コウベオートテニス)の経営を行ってきた会社であるが、その資本金五〇〇万円は全額債務者が出資し、その役員には債務者の社長以下幹部社員が就任している、債務者のいわゆる子会社であること、債権者の勤務場所が出向の前後でほとんど変わらないことが認められるが、これらの事実があるからといって、従業員に労働契約外の仕事を命じうるものでもない。

(証拠略)によると、債務者と組合(債権者も加入している。)との間で締結されている労働協約には、「会社は、社員を出向させるときは、その取扱いについて組合と協議して決める」との定めがあり(同協約第一八条第一項(4))、これを受けて、債務者と組合は、昭和五三年一二月二五日、高速サービスへ出向する組合員の待遇は本社勤務の場合より不利益にしない等を骨子とする別紙一、二記載と同旨の取決めを結んだことが認められる。しかしながら、これらの協約や取決めは、その文理からしても、出向する場合の条件を取り決めたものに過ぎず、従業員の出向応諾義務を定めたものと解することはできない。

三  仮に右協約等が出向義務を定めたものとしても、それは出向する従業員に不利益を与えないことを前提としていると解されるところ、(証拠略)及び債権者本人の供述によれば、勤務時間は、駅務員の年間勤務時間が一七七一時間であるのに対し、オートテニス場のそれは一八〇四時間で、出向後年間三三時間の増となること、他方、債権者の賃金は、駅務員の場合には勤務体系に泊り勤務等が組み込まれていて当然に一定の時間外手当がつくのに対し、オートテニス場にはそれがないため、出向前の平均月額が二四万二四二六円であったのに対し、出向後のそれは二〇万七二一〇円と、毎月三万五二一六円の減となっていること、仮に債権者がオートテニス場において、出向前六か月間にしていたのと同様の時間外勤務(月平均一四時間)をしたとしても、なお月額八五九二円の減となることが一応認められ、これらのことからすると、本件出向後の労働条件が出向前にくらべて不利益でないということはできない。したがって、前記協約等の存在にも拘らず、債権者がこのような不利益を伴う出向に予め包括的に同意を与えていたとは、到底解釈することができない。

四  債務者は、債権者が本件出向命令に同意したと主張するけれども、(証拠・人証略)この主張に沿う部分は、(証拠略)債権者本人の供述及び弁論の全趣旨に照らして、にわかに措信し難く、ほかに右主張を認めるに足る疎明はない。

五  以上によれば、債権者のその余の主張について判断するまでもなく、本件出向命令は無効であるというべきところ、債権者は、それに事実上拘束され、日々、労働協約によって約束していない業務に就くことを余儀なくされているうえに、前記認定のような労働条件面での不利益を受けているのであるから、仮処分による保全の必要があると認められる。なお、債務者は、債権者は現在出向の状態にないというけれども、本件出向命令自体はいまだ取り消されていないし、少なくとも、本件出向命令の実質である契約外の業務に就くようにとの命令がそのままであることは、債務者の主張からしても明らかであるから、保全の必要がなくなったとはいえない。

六  よって、本件仮処分申請に対する主文掲記の仮処分決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民)

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